どうせなら甘くて綺麗な明日がいい
 

 沈む夕日を眺める君。その背中を見つめる僕。
 喉まで出かかっている一言がずっと言えずにもう何年も一緒にいる。最高のロケーションでも口から言葉が出ていかない。結局あたりさわりのないこと、静かだね、なんて言ったら君はマフラーに埋めていた顔を持ち上げた。
「もうすぐ今日が終わるんだよ」
 ああ、そうか。もうこんな時刻か。
「うん。空が夜に染まるの。真黒に塗りつぶしていくんだよ。カーテンが引かれるんじゃないの。そしたらまた昨日と今日の夜が同じになっちゃうでしょ。毎日毎日時間を変えてペンキを塗りに来るんだよ。ムラがあるのはご愛嬌。それが終わったら星のシールを貼るんだ。だからどこかでペンキやシールをつくっている人がいて、それで空を飾る人がいるんだよね」
 ふうん。素敵だね。
 君の長い髪がふんわりと揺れた。僕の学生服の裾もはためいている。
「このまま歩いたら、ずっと今日のままでいられるのかな」
 えっと、日付変更線がこっちの方角にあるから……。
「そんなんじゃなくて」
 振りかえって笑う君の表情はかげってよく見えない。
「あのね、わたし明日になるのが怖いの」
 わかるよ。明日から試験だもんね。
「つまらない明日。どす黒い明日。そんなの欲しくないんだ。明日って冷たいんだよ。指先からつまさきからかじかんでいくの。誰かに抱き締めて欲しいって思う。でも一人なの」
 僕ができることはあるの、と訊くと君は何も言わずに頷いた。僕の頭が次の言葉を考えるより早く、僕の口から言葉が洩れる。
 その手、僕が温めるよ。明日も明後日も、ずっと。
「どうして」
 言いたくて。でも言えなくて。心にとめてきた言葉。
 好きだから。
「明日も好きでいてくれるの」
 あたりまえだよ。絶対だよ。
「あのね、明日って来ないんだよ。今日の明日は、明日になったらもう今日になるの。明日食べようっていうジャムはいつまでたっても食べられないんだよ」
 違うよ。そんなことなんでいうんだよ。
 僕は今日も君が好きだよ。
「ほんとに」
 君はまた前を向く。そしてうつむいた。
「ほんとに、好きでいてくれる」
 うん。
 僕は立ち止まった。君も足を止めて欲しいと思った。
「わたしは明日、好きになってあげる」
 そのまま君は歩いて行ってしまった。消えた僕の足音にも気付かずに。もしかしたら、気付いていたのかもしれないけれど。小さくなる背中。僕は追いかけず、ただ携帯電話を取り出してメールを打った。
 今日の明日に好きになってね、と。 

 

 

 あとがき

「願うなら甘くて綺麗な明日がいい」は本当に勢いで書き上げた。わたしからしたら新境地だと思う。
科白に対して地の文で返すっていうのも楽でいいかも。ただ、地の文を膨らませる練習もしないとだめかと。
とりあえず自分の御題を使ってみたけど、わたしはいつも不思議ちゃんと真面目くんで御題を消化している気がする。
このスタイルはなんだか説得力というか、読んでいてハテナマークが浮かんでくる気がする。
まあ、このまま数をこなしていくのもおもしろいかなあと思う。なしではないよと言ってください。

 

inserted by FC2 system