自分とヤマが結ばれないことなんてとっくにわかってた。
 ヤマは専らの野球少年だった。肘を悪くしてもずっと投げていた。キャプテンの役を押し付けられても黙って雑用をこなして放課後は後輩に混じってグラウンドの整備をしてた。帰宅してからは庭向きの窓の前で投球練習。夜は窓がマジックミラーみたいになって、ヤマはフォームを確認しながら丁寧に、でも俊敏に、勢いよく。本当にその手から白いボールが投げられてくるみたいだった。その直向きさに惹かれて彼を見初めたあたしだけど、その小さな判断はきっと間違ってなんていなかった。だって今でも好きだもの、ヤマのこと。好きだよ、ヤマ、殺したいくらいに好き。
 でもヤマには思いを寄せる人がいた。名前もちゃんと知ってる、知りたくなかったけど。ヤマの名前もヤマしか知らないのに、なんで知ってるんだろう。ヤマダかもしれないしヤマグチかもしれないし、アオヤマともコヤマともつかない。わからない。もしかしたらヤマのつく苗字じゃないかもしれない。
 ウリ。それがヤマの好きな人。嫌なのは、あたしがウリの名前なら全部知ってるってこと。ヤマはウリにメールするときだけ手が震えてた。何回も何回も文章を練り直して、慎重に絵文字を選んで空白を空けたり改行したりして、でも学生の経済的にこの通信量はどうなんだろうって文章を少しずつ削って、そして送信しようとして何度も指を止めた、あと一ミリ、一ミリだけ指を下ろせば三秒もしないうちにウリのところに届くのに、その一ミリのために何時間も迷って。ヤマが宿題をやるときには絶対に机の上に携帯電話があった。画面は送信しますか、にイエスかノーかで答えるところ、早く送ればいいのにってとっても、もどかしかった。連絡網が回ってきたら、ウリに「これ聞いた?」ってさりげない感じを装ってメールで尋ねたり、教室の背面黒板の飾りから誕生日をちゃんと覚えてて「おめでとう」って普段使わないデコレーションメールとかしてみたり、その度にヤマの送信ボックスに未送信のメールばかりが溜まっていく。宛先は全部ウリ。一つの要件のためのいくつも試作品を作った。何かの開発者みたいだったよ。ときどき思い切ってまとめて削除してたところも。可愛いヤマ。ウリからの返信を今か今かと待ち構えていて、届いたときにはとっても嬉しそうで。ウリが気を遣わずに携帯電話の学習機能に沿って返信してたなんて事実、あたしは知ってたけどヤマには教えたくない、絶対に。学級でやってた朝のスピーチ、ウリからもらった感想用紙だけ大事そうに読んでた。他の子とそう変わらない、何の変哲もないただの感想なのに愛おしそうに引き出しにしまってた。ストーカーみたいに気持ち悪いことは何にもなかったと思う。クラシック音楽なんて全然興味がなかったのに、ウリが好きだと云っていたショパンを聴いてみたり、ちょっとした野球部の成果をさらりと報告したり。ストーカーじゃなくても好きなんだろうなってばればれだと思う。でも部活ならともかく学級の連絡網だってそんなに頻繁にあるものじゃないし、毎回ウリにメールするほどヤマも暇じゃなかったから、ウリもヤマのことを疎ましくなんて思っていなかったはず。仲がいい、ってくらいには思ってたのかな? でも周りもウリも鈍感すぎるよ。もしかしたらあたしの特権で気付いていただけかもしれないけどね。ヤマは気付いてほしかったのかな。
 ウリの話ばかり長々とできちゃうあたし、ヤマはもっとウリのことを知りたいんだろうし、ウリが大好きなんだよね。あたしのことなんてヤマは知らないんだろう。あたしがヤマのこと思ってるだなんて知る由もないもんね。
 存在だけでもヤマに知ってほしかったよ。ウリにはウリの好きな人がいるんだよって教えてあげたいよ。だからこっち向いてよ、あたしのほう見てほしい。叶えられないのはわかってるけど、結ばれないことなんてわかってたけど、ヤマが好き。
 こんなことしちゃいけないってわかってるけど、しないほうがいいってわかってるけど。あたし知ってる。ヤマがウリに告白しようとしていること。何日もかけてつくったメール、まじめな気持ちだったから結局、句読点だらけになっちゃったんだよね。そしていつも削除する分と一緒に消しちゃった。アドレス帳のボタン押して、電話番号とにらめっこしたときもあったね。でもやっぱり発信ボタンが押せなかった。結局はまたメールに頼って。そういえば手紙って発想は無かったね。それで、メールしたのは「今日会える?」から始まって、何度かやりとりして最後は「公園で待ってる」だった。直接会って口に出して伝えようとした、ヤマのそういうところがあたしは大好きなんだよ。
 でもヤマよりももっと知ってるよ。ウリよりももっと知ってる。このままいったら二人は付き合わない。付き合えない。ウリがヤマに「ごめんね」って言うの。そしてヤマは「本気にするなよ、冗談だよ」って笑うの。ヤマの瞳が潤いかけるのをウリは気付かないふりして、その瞬間からもう仲良しの二人には戻れない。アドレス帳からお互いの名前が消えちゃう。
 そんなの嫌。ヤマには幸せになってほしい。あたしがヤマと一緒になれないのは理解してる。納得はいかないけど、それは受け入れなくちゃいけない事実だから。だから、だから、せめてヤマの幸せだけ。ヤマの願いだけ叶えてあげたい。
 わかってる、わかってる、わかったつもりかもしれないけど、ほんとにわかってるんだよ、あたし。ヤマが好き。あたしをこんなに幸せな気持ちにさせてくれてありがとう、幸せにね、ヤマ。あたしのことなんて気付きもしなかったでしょうし、これから気付くこともないでしょう。恩着せがましいって思うかもしれないけど、本当に好きなの、ヤマのこと。だからせてヤマのために生きたい。今ならそれでいいと思える、ヤマがウリといて幸せになれるなら、初めから結ばれないあたしなんかが出しゃばるより、ヤマの幸せを願っていたいの。
 ねえ神様、あたしの、天に仕える者の権限で、二人からさよならを奪っていってもいいですか。

 

さよならをつれていく  (title by はぐみ様)

 
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