これが三角関係だってことはわかってた。
 でもそれはあくまでトライアングルみたいな正三角形に近いものだとばかり信じ込んできた。
 日々変動し、歪な形を経て、いまはきっと細長い二等辺三角形。底角は互いに寄り添うように並び、離れたところに頂角がひとり佇む、一目見れば腹の底から嘲笑が込み上げてくるくらいに美しい二等辺三角形。

 僕と宏夢と玖美と、出逢った頃のことはほとんど覚えていない。淡い記憶を辿れば、それは生まれた頃にまで遡ることになってしまうだろう。
 近くにいるのが当たり前で、それがずっと続くと信じて疑わなかった幸せな日々。今思えばなんて空虚で薄っぺらい幸福感だったのだろうか。

「もうすぐ冬休みだな」
 教室に貼られた手作りのカウントダウンカレンダーをめくりながら宏夢が言うと、玖美は、ほんとだね、と楽しげな声をあげた。
 僕は喉まで出かかったお決まりの、今年はどうする、という投げ掛けを慌てて飲み込んだ。今年のクリスマス、宏夢と玖美がふたりで過ごすことは風の噂で聞いていたけれど、いざ予定を組もうとなると改めて寂しさが胸に押し寄せる。
 わざわざ確認するまでもないだろう。したとしても、僕が惨めになるだけだ。
 三人でケーキを食べてプレゼントを交換してわいわい騒ぐクリスマスはもう来ない。
「宿題終わるかな」
 行事関係の話題にならないようにさりげなく関心をそらすと、玖美は、
「終わらせるのー」
と口を尖らせた。宏夢が、玖美はいいよな、と笑ったので、僕は心の中で、お前もな、と悪態をついてやった。

 宏夢と玖美と、三人の関係はずっと曖昧なままだったけどそれはそれで楽しかった。もどかしい思い出をつくり、やるせない想いを重ね、ここまでやってきた。
 疎外されるのが怖くて、自分から中に踏み込むなんて綺麗な三角形を壊すような真似はできなかったから、玖美に対する恋愛感情も宏夢に対する嫉妬心も出来る限り抑えて、いっそのこと根絶やしにしてしまうくらいのつもりだった。
 それでも彼女を前にすると溢れるのは正直な気持ちばかりで、暗いプラネタリウムで肘掛けに乗せられた細い指にこっそり指を絡めたり、あまり見ない格好をさりげなく誉めたりするのが僕の精一杯だった。それ以下もそれ以上も、成すことができずにいた。

「あ、悪い。俺ちょっと行ってくる」
 宏夢は舞うように軽い足取りで場を離れた。玖美が、うん、とにこやかに頷く。僕もひらひらと手を振った。
「相変わらず宏夢は顔が広いね」
 僕に笑いかける玖美の向こうで、他クラスの派手な女子と宏夢がけらけらと笑いながら話しているのが目に入った。
 健気な玖美に、ん、と鼻を鳴らしてやる。
 僕の視線のずれに気付いたのか、玖美も振り返った。しかし彼女は宏夢の姿をみとめるとすぐに僕に向き直り、
「拓も頑張らなきゃ」
と甘く微笑んだ。
 玖美には嫉妬心というものがないのだろうか。僕の腹はこんなにもどす黒くいまにも壊死しきろうとしているのに。
「なあ」
 制御? そんなものもう知らない。口を突いて出た言葉がその瞬間のすべてだった。
「26日空けといて」
 なんで、と首を傾げる玖美に、本かなんか見に行こ、と取り繕う。目的なんてどうでもいい。
「いーよ、そういうのなんか久しぶりだね」
 自分の指をからめて、伸びをするように押し出す仕草が女の子らしくて、僕は少しの罪悪感から、そっかな、と目をそらした。
 宏夢も行くかな、と顔をほころばせる玖美に微量の苛立ちを感じたけれど、その責任が彼女にないこともまた、僕はきちんと理解していた。そんな僕が嫌いだ。切なさと情けなさのループはめぐりめぐるだけで何の進歩もないまま。

 運良くというか運悪くというか、宏夢は家族と出掛けるとかなんとかで、26日、僕はひとりで玖美を訪ねた。
 軽快なチャイム音のあと、硬い足音をたてて現れた玖美は茶色のブーツを履いていた。大きめのリボンが足首で揺れている。
「今日は女の子じゃん」
 素直にほめられない自分を呪いたい。その場のノリだとしてもかわいいと言える宏夢の凄さを痛感した。
「何言ってんの、いつもでしょー」
 僕の胸をポスンと叩いて、玖美は、行こ、と僕の手をとった。
 驚いて、どうしたの、と声をあげると、玖美は僕の瞳を覗くように、
「今日は特別だよ」
と、頬を緩めた。グレイの寒空を軽く仰いで、女の子だって言ってくれたから、と目を細くする。
「今日は特別、な」
 復唱しながら、こいつはどこまで僕を惑わせるんだろう、と寒さと温もりと悲しみと喜びと、もうなにがなんだかわからない渦巻く感情を白い吐息に託して宙に吐いた。
 売れ残りのケーキを食べながら余り物のプレゼントを交換して、そのあとは電飾の残骸に溢れた街を歩こう。
 ぼくらの三角形、最後の日に乾杯。それもだいじな思い出。

 

 

ラス・トライアグル (贈り物企画)

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